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からかわれ、笑われ、真似される | 中学生時代の吃音遍歴

自己紹介に明け暮れた入学直後

中学校へ入学すると他の小学校の卒業生と一緒になるので、クラスの半分以上が知らない人になります。私の吃音を知らない人ばかりになるので、上手くやっていけるか入学前から不安でした。入学すると、まずはクラスの中で自己紹介。教科ごとに先生が変わるので、各教科の最初の授業で自己紹介。クラブ活動が始まるのでそこでも自己紹介と、学校生活が始まって二週間くらいは、ひたすら自己紹介に明け暮れた記憶があります。上手く話せたのか、今となっては確かな記憶はありませんが、毎日緊張してドキドキしながら過ごしたことが想像できます。中学校は毎年クラス替えがあったので、四月の授業始めは自己紹介が続きます。なので四月が一年で最も憂鬱な季節でした。

中学校生活は希望していた部活に入って楽しく活動できたし、今でも付き合いがある友達と出会えるなど、楽しい三年間を過ごすことができました。ただし今でも忘れることができない、中学校時代に起きた吃音の黒歴史について振り返ってみようと思います。

メロディーに乗せられた吃音

小学校時代は無声型だった私の吃音は、中学校へ入学してから突如として連声型へ変わりました。連声型へ変わったことで、同じ音をずっと繰り返すようになりました。例えば「僕は」を言おうとすると声の出し始めが、

ぼぼぼぼぼぼ、ぼっぼっぼっ、ぼーぼーくは

のような状況でした。相変わらず国語の授業では、教科書をスムーズに読み進めることができません。声を無理やり出そうとするので、舌打ちするように口を鳴らすようになり、おまけに声を出そうとするあまり息が続かず苦しくなり、ハーハーと周囲に聞こえるほど荒い息使いをするようになっていました。こんな姿が中学生男子にとって面白くない訳がありません。格好のからかわれる対象になりました。

後ろから蹴られて真似されていることに気が付く

中学校では合唱が盛んでした。各クラスごとに合唱曲があって朝礼や終礼、音楽の授業で合唱の練習を行っていました。あるとき数人の男子が伴奏のメロディーに合わせて、

♪チェッ、チェッ、ハッ、ハッ、チェッ、チェッ、ハ~♪

と歌いだしました。何を言っているのか私は分かりませんでしたが、その後も練習でピアノの伴奏が始まるとその歌詞が聞こえてくるのです。しかも徐々に歌う人数が増えてくる。意味は分かりませんでしたが、何となく嫌な予感はしていました。そしてある日、同じように伴奏が始まって、例の歌詞がうたわれ始めたときに、前列に立っていた私は後ろからクスクス笑われながら蹴られたのです。この時、私の吃音が真似されていたんだと理解しました。それからしばらく「吃音モノマネ」は続き、その度にうまく言い表せない嫌な思いと、辛くてその場から逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。

やがてトイレに連れていかれ・・・

相変わらず教科書の音読では酷くどもっていましたが、普段の会話はわりとスムーズに話せていたので、仲のいい友達とは元気よく話していたり、わりとはっきり意見を述べる性格だったので、そんな私の姿を快く思っていない男子がいました。授業中、先生が見ていないところでちょっかいを出してきたり、偶然を装って体当たりされて突き飛ばされたり。

そんなある日、普段から私にちょっかいを出していた男子にトイレへ連れていかれました。いつかこうなるとは思っていましたが怖かったです。まず眼鏡を取り上げられ、すぐに殴る蹴るの暴行が始まりました。相手は二人だったので私はなすすべがありませんでした。ただし放課後の早い時間で、教室の隣がトイレだったこともあり、他にも同じクラスの男子が大勢トイレ内にいました。一部始終を目撃していた友達から「やめろ!」の声がかかったこともあり、すぐに終わりました。気にかけて肩を抱いてトイレから出してくれた友達もいました。

そんな出来事がきっかけだったのか分かりませんが、伴奏に合わせて吃音を真似されることはなくなり、また吃音をからかわれることもなくなりました。しかし、このことをきっかけに吃音である自分が本当に嫌になったし、本気で生きることを止めようと思いました。結果的にその勇気もなく今に至っていますが、この出来事は30年近く経った今でも鮮明に覚えていて、忘れることができません。私の吃音人生で最も辛い時期であり辛い出来事でした。

人前で吃音を笑われる辛さ

歌に乗せた「吃音モノマネ」が流行ったのは一年生の頃でしたが、その事件以降吃音をからかわれたり、笑われたり、真似されることはありませんでした。私はおとなしい性格ではありましたが、全くの引っ込み思案ではなかったので、いじめ難かったということもあるかもしれません。ただ辛かったのは、教室内が盛り上がっているのに、私が立ち上がって話を始めると、水を打ったように静まり返り、みんな息をひそめて私が話終えるのをじっと待ち、私が話終わって椅子に座るとまた教室内がワーっと盛り上がる状況が幾度となくありました。みんな私の吃音にどのような反応を示せばいいのか分からず、ひたすら私が話し終わるのを待つしかなかったのだと思います。そんな空気を作り出してしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

普段、吃音の症状がでても笑われることは無かったのですが、三年生の時に一度だけ教室内が静まるなか、誰が笑ったのか分かるほどクスクスと笑い声が聞こえ、その笑い声にとてもショックを受けました。

一人の女子が後ろの方でクスクス笑っただけで、それ以上のことが起きたわけではないのですが、なぜかその時に大きな衝撃を受けて、恥ずかしさで頭の中が真っ白になりました。この時から女性と話をすることが怖くなり、女性を前にすると、また笑われるのではないかという恐怖心を強く抱くようになりました。学生時代にファミレスで女性店員さんへ注文したいメニューを上手く伝えることができず、あからさまに気持ち悪われ拒否的な扱いをされたこともありました。女性と話せるようになったのは、30代が始まるころでしょうか。それまではとにかく女性が怖かったです。

中学校を卒業して既に25年以上が経ち、様々な記憶があやふやになりつつあるなか、モノマネされてトイレに連れていかれた出来事と、女子に笑われた出来事は、いまだに忘れることなく記憶に深く刻まれています。

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